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◆ ノートルダム寺院◇〈修復作業〉⇒〈火災〉⇒〈過去にも復活した歴史〉

空飛ぶ伝道師!?
ノートルダム寺院などで修復作業
仏パリ

2019.04.12
(https://www.afpbb.com/articles/-/3220445?cx_part=outbrain )

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仏パリのノートルダム寺院で修復作業のため尖塔からクレーンで下ろされる彫像2019年4月11日撮影)。(c)BERTRAND GUAY / AFP


フランス・パリにあるノートルダム寺院(Notre Dame Cathedral)で、修復作業が行われている。

11日には、十二使徒と伝道師の彫像計 16体が、高さ 50メートルの位置にある尖塔から修復作業のためクレーンを使って地上に下ろされた。


これらの彫像は 1860年代に寺院の大規模修復を依頼された仏建築家ヴィオレルデュクによって置かれたもので、仏南西部ペリグーに運ばれ、修復作業が行われる。


彫像の修復作業中に尖塔の改修作業も行われることになっており、工事は 2022年に終了する見込みとなっている。

彫像は、尖塔の改修終了後に元の場所に戻される。


一方、パリ中心部にあるノートルダム・ドゥ・バルドグラス教会では 10日、修復作業を終えた天使や精霊の彫像を、クレーンを使ってドーム(丸屋根)の上に戻す作業が行われた。(c)AFP



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ノートルダム大聖堂の火災
朝までに鎮圧
尖塔と屋根が崩落

2019.04.16
(https://www.bbc.com/japanese/47943194 )

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フランス・パリ中心部にあるノートルダム大聖堂で 15日夕に発生した大規模な火災は、16日未明、発生から約 9時間後にほぼ消し止められた。

2棟の塔など大聖堂の主要な構造は焼失を免れたが、尖塔と屋根が崩落した。


築 850年になるゴシック様式の大聖堂は世界遺産に登録され、フランスでも特に有名な名所のひとつ。

エマニュエル・マクロン仏大統領は、大聖堂の再建を国民に約束した。

出火原因は明らかになっていない。

消防当局は改修工事との関連について調べている。

消火活動中、消防隊員 1人がに軽傷を負ったという。


大聖堂は老朽化が進み、壁に亀裂が入るようになったたため、フランスのカトリック教会が昨年、改修のため寄付を募っていた。



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パリ市内では複数の教会が、大聖堂の火災を受けて、鐘を鳴らした。


大聖堂を囲む通りには数千人が集まり、聖歌を歌ったり祈ったりする人もいた。


パリ検察庁は、「火災による偶発的破壊」について捜査を開始したと明らかにした。


鎮火には数日かかるか


火災は 15日午後 6時半(日本時間 16日午前 1時半)ごろに発生。

瞬く間に大聖堂の屋根に燃え広がり、ステンドグラスや木造の内装が焼失した。


屋根や尖塔が崩落したことから、大聖堂の 2棟の塔も火災で破壊されるのではとの不安が広がった。


火は塔にも燃え移っていたが、ローラン・ヌネズ内務次官は、塔全体に燃え広がる前に火を消し止めたと発表した。


16日未明には火が消し止められたと発表されたが、完全に鎮火するまでにはなお数日かかるとみられている。



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被害の規模は?


16日朝には、調査チームが被害状況を確認するために大聖堂内に入っている。


消防当局の報道官は、「屋根は全て崩落し(中略)ヴォールトの一部も崩れ、尖塔は焼失した」と説明した。


現地紙ル・モンドによると、ヌネズ内務次官は、消防隊が聖堂内で消火活動をしなければ「建物が崩れていたことは疑いようがない」と話した。


フランク・リーステール文化相は、大聖堂の主要部分は守られたが、建物はなお不安定な状態だと警告している。



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12世紀から13世紀にかけて建立されたノートルダム大聖堂からは、緊急隊が貴重な美術品や宗教関連の品々を運び出し、いずれも無事だった。


運び出された物の中には、イエス・キリストが十字架にかけられた際に被っていたとされるいばらの冠や、ルイ 9世がこのいばらの冠をパリに持ち帰った際に着ていたとされる上着なども含まれる。


パリのアンヌ・イダルゴ市長は、「芸術品の保護のため、人々が結束してくれた(中略)芸術品は保護され、安全な場所に保管されている」と話した。


「この火災は世界全体にとっての悲劇だ。ノートルダム大聖堂はパリ全体の歴史の象徴だ」


歴史家のカミーユ・パスカル氏は仏テレビ BFMTV に、「貴重な遺産」が火災で破壊されていると話した。


「大聖堂は 800年にわたりパリを見守ってきた。嬉しいことも悲しいことも、何世紀にもわたり、ノートルダムの鐘が刻んできた」、「目の前の光景はひたすら恐ろしい」とパスカル氏は嘆いた。


ノートルダム大聖堂には年間 1300万人近くが訪れ、来訪者はエッフェル塔より多い。


再建のめどは?


大聖堂の再建については、すでに個人や団体からの寄付が始まっている。


AFP通信によると、高級ブランドのグッチやイヴ・サンローランなどを保有するケリング・グループのフランソワ=アンリ・ピノー会長は、1億ユーロ(約 126億 5000万円)を再建に拠出すると申し出た。


ロイター通信は、ルイ・ヴィトン・モエ・ヘネシーと同社を保有するベルナール・アルノー一家が2億ユーロの寄付を約束したと伝えた。


このほか、フランスの慈善団体が国外からの募金を受け付ける準備を始めている。


仏大統領国民は再建を望んでいる


エマニュエル・マクロン仏大統領は 15日夜に現場に駆けつけ、「すべてのカトリック教徒とすべてのフランス国民と共に」悲しんでいると話した。


「フランスの全国民と同じように、自分たちの一部が燃えているこの光景は悲しい」と、大統領は述べた。


その上で、再建に向けて国際的な募金スキームを立ち上げると発表し、直ちに再建に着手すると約束した。


「フランス国民は再建を望んでいるし、フランスの歴史はそれに値するものだ」


大聖堂ではこのところ改修工事が進んでおり、先週には16体の銅像が撤去されたばかりだった。


各国の反応は?


ローマ法王庁は、大聖堂の火災は「衝撃的で悲しい」とコメントし、フランスの消防当局のために祈っていると述べた。


ドイツのアンゲラ・メルケル首相は、ノートルダム大聖堂が「フランスとヨーロッパの文化の象徴」だと述べ、フランス国民への支援を申し出た。


また、イギリスのテリーザ・メイ首相はツイッターで、「フランスの人たち、そしてノートルダム大聖堂のこのひどい火災と戦っている救急関係者に思いを寄せています」と書いた。


一方、ドナルド・トランプ米大統領は火災は「見るに耐えない」とツイート。「水のタンクを飛ばしたらどうか」と消火方法を提案した。


しかしフランスの消防当局は、空からの放水を行うと大聖堂全体が崩壊する恐れがあるとして、この方法を退けている。


解説> 国の象徴
――アンリ・アスティエ、BBCワールドオンライン


ノートルダムほどパリを表すものは、ほかにない。

国のシンボルとしてはほかにエッフェル塔があるが、エッフェル塔は築 100年余りに過ぎない。

ノートルダムは 1200年代から絶えず、パリの街を見下ろしてきた。


国民的文学作品の題にもなった。

ヴィクトル・ユーゴーの小説の原題は、「パリのノートルダム」。それだけだ。


大聖堂はフランス革命で大きく破損したが、それ以降はおおむね無事だった。

2度の世界大戦でも戦禍をほとんど逃れた。


これほどまでに国の連続、永続を体現してきた名所が燃え上がり、尖塔が崩れ落ちた。

あらゆるフランス人にとって、あまりにもショッキングな光景だ。





過去にも復活したノートルダム寺院
仏歴史学者が語る

2019.04.16
(https://www.afpbb.com/articles/-/3220967?cx_part=top_topstory&cx_position=3 )

ノートルダム寺院


ショックと無力感でただ見つめるしかないパリっ子と観光客の目の前で、ノートルダム寺院の尖塔は焼け落ちた…

15日、大規模な火災に見舞われた同寺院は多くの人々に愛されてきたが、実は数世紀にわたって放置されていたと、ある歴史学者が指摘する。


中世史を専門とするフランス人歴史学者で、12世紀ゴシック建築の傑作であるノートルダム寺院に関する著作もあるクロード・ゴバール氏は AFP の取材に対し、同寺院の文化的な重要性はどれほど強調しても強調し過ぎることはないが、この建築物は歴史上、常に適切に扱われてきたわけではないと語る。


ゴバール氏は「ノートルダムはパリの象徴であり、平和や連帯感、調和の象徴だ…そして、パリという街の特別な場所を占めている」と表現する。


ノートルダム寺院はまた「ゼロ地点」でもある。

フランスの首都から他の都市への距離はすべてここを基点に測定されている。


復活は19世紀


しかし、「ルネサンス期と 18世紀にはどちらも、寺院は非常に傷んだ状態だった。国王の天蓋(てんがい)を通すために正面入り口をたたき壊すことだっていとわなかったほどだ」とゴバール氏は言う。

「ゴシック建築として正当に評価され、修復されるには 19世紀のプロスペル・メリメやビクトル・ユゴーといった作家たちや、ビオレ・ル・デュクやジャン・バティスト・ラシュスといった建築家たちの仕事を必要とした」


また、メンテナンスも十分でなかったとゴバール氏は指摘する。

「ようやく現在進行中の修復作業が始まったといった具合だ。当然修復すべき時期だし、少々遅すぎた感もある」。

同氏は修復開始前に尖塔の下を訪ねた。

「一部のれんがはばらばらに崩れていて、落下しないように格子で保持してあった」


今回の火災後の修復は可能かと尋ねると、ゴバール氏は「尖塔が焼け落ちたことは実はそれほど深刻ではない。ビオレ・ル・デュクの修復設計図に従って再建すればいい」と述べた。


ビオレ・ル・デュクがいなければ、ノートルダム寺院はもはや存在していなかっただろうとゴバール氏は述べる。

「1792年に──と言ってもフランス革命とは無関係なのだが──崩壊した尖塔を再建したのは彼だ」


「しかし、この寺院の『森』、つまり屋根を支えていた巨大な木製の構造体が失われているだろう。これが私の危惧するところだ」


さらにゴバール氏は、立場が異なる複数の機関がノートルダム寺院を管轄しているために修復問題が複雑化したのと同様に、再建が阻まれる可能性を懸念する。

「再建費用は高額になるだろう。フランス全国、さらには外国からも修復のための寄付が集まってくれたらと願う」 (c)AFP/Frédéric POUCHOT




ノートルダム寺院火災爆撃のよう
屋根に穴 内部はがれき

2019.04.17
(https://www.afpbb.com/articles/-/3221125?cx_part=topstory )

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中世の貴重な窓から割れ落ちたステンドグラスの破片、尖塔が崩落し聖歌隊席付近の屋根にできた大きな穴、天井から焼け落ち床に散乱したがれき…

フランスの首都パリにあるノートルダム寺院を15日夕に襲った火災は消防隊が鎮火にこぎ着けたが、一夜明け日の光に照らされた現場から、その被害の規模が明らかになった。


開け放たれた大きな扉の一つからは、寺院内部に焼け焦げたがれきが山になっているのが見える。

被災後の寺院内に最初に足を踏み入れた人の一人、ノートルダム寺院のフィリップ・マルセ司教総代理は、「爆撃を目にしたような感じがした」と語った。


しかし希望の兆しを示すものもあった。

寺院奥にあった金色の十字架が無傷で残り、闇の中で毅然(きぜん)と輝いていた。

損壊を免れたステンドグラスや彫像もある。


被害を受けずに済んだものも多く、石造部分の大半と 2つの巨大鐘楼が無事だった事実は、安堵(あんど)をもたらした。

マルセ氏は「ただあぜんとしている。奇跡的という以上に、畏怖の念さえ覚える」と話している。(c)AFP/Camille BOUISSOU and Michel MOUTOT



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