◆ (3) 孤立を恐れ中韓両国に “臣従” する愚 


世界は日本をどう見ているのか

われわれが背負う歴史の本質とは何か
近代日本の宿命その終わりなき苦悩
孤立を強さに ―自画像を描き直すときが来た―
崎経済大学教授 八木秀次
別冊正論EXTRA. 03 (2006年) より


3)「孤立を恐れ中韓両国に臣従する愚


かくして我が国の歴史教育は、学問的検証に堪え得る歴史事実を教えるのではなく、我が国が近隣諸国に行った “加害行為” を教えることで、子供たちに贖罪意識を植え付け、彼らが、我が国の立場ではなく、近隣諸国の立場に立った政治判断を行うための政治教育 と化すことになった。教科書記述の主導権が、近隣諸国に握られることになったのである。


それもこれも鈴木内閣が報道の精査に努めたり、同じ歴史事象であっても、国によって見方が異なるという、当然と言えば当然である歴史観を疎かにし、もっぱら 「近隣諸国との友好・親善」 に 「配慮」 したためである。


近隣諸国との外交関係を荒立てるな、アジアの中で孤立するなという強迫観念が、次世代の国民を育てるという、国家にとって根幹をなす事業である教育の、ある部分の、主導権を、いとも簡単に近隣諸国に譲り渡したのである。


これも、日本は 「アジアの一員」 という、自画像の錯誤が招いた “悲劇” であると言ってよい。


『新しい歴史教科書』、『新しい公民教科書』 は、その解釈権を、近隣諸国に握られたこれまでの検定基準にとらわれることなく、学習指導要領に沿いつつ、今日の学問水準に基づいてその記述を行ったまでのことである。


それが、この大騒ぎである。


韓国政府は、『新しい歴史教科書』 の検定合格本について、35項目の修正要求を行い、
中国政府も、同教科書に、8項目の修正要求を行った。
北朝鮮当局も、『新しい歴史教科書』 『新しい公民教科書』 を併せ、計22項目の批判内容を明らかにした。


そもそも問題は、これまで長きにわたって教科書記述の主導権を、近隣諸国に譲り渡していたことにあると言えるが、それよりも問題であるのは、中国・韓国・北朝鮮の修正要求に対する、今次、我が国政府の対応である。


これらの国の修正要求項目には、学問的批判に堪えない、幼稚なものがほとんどであることが、明らかになっている。そのためもあって、確かに我が国政府は、そのほとんどの修正要求に応じなかった。検定に合格させた以上、制度として再修正は望ましくないとの判断であろう。


しかし政府は、修正要求には応じなかった代わりに、『新しい歴史教科書』、『新しい公民教科書』 の選択を抑えるよう、各地の教育委員会に 「行政指導」 を行った疑いが濃厚である。


『新しい歴史教科書をつくる会』 前会長の西尾幹二氏は、「歴史教科書問題は終わらない」と題した論文(『文芸春秋』平成13年12月特別号)で、「推理」と断りながら次のように述べている。


「不思議なのは、当教科書の採択が、ほぼ0%と判った8月半ばに、中韓両国政府から、『日本国民の良識の表れ』と、満足とお褒めのことばが届けられたことである。


そして、あれほど激しく燃え上がっていた反日キャンペーンのえげつない行動は、この頃を境にしてたちまち鳴りをひそめた。


日本政府と両国政府との間に、 手打ちのための、外交ルートを通じたなんらかの黙約、ないし秘密の妥協策が図られていたと考えることは、そんなに難しい話ではない。


日本政府は教科書の修正はもはやできないが、その代わりに採択させないよう方策を講じるから、その結果をみてほしい、と。」


西尾氏はいくつかの納得の行く根拠を挙げながら、「私は扶桑社版の採択を抑えるようにとの日本政府の『行政指導』があった、と今では信じている。小泉首相は 10月上旬に訪中、訪韓して両国との関係修復を図ったとされる。首相は扶桑社版を採択させなかった成功を手土産に、手打ち式をしに行ったのである」とも述べている。


私にもこの西尾氏の「推理」は納得のいくものであった。そのように考えればすべて説明がつく。


我が国政府は、『新しい歴史教科書』、『新しい公民教科書』を、“売る” ことで、「近隣諸国との友好・親善」を維持しようとしたのである。我が国の歴史教育が、近隣諸国の歴史観ないし政治プロパガンダから「自立」することよりも、「アジアの一員」であることを選んだのである。アジアにおける「孤立」を恐れ、 中韓両国の歴史観に “臣従” すること、すなわち事実上、中華文明に組み入れられることを、改めて確認するための “踏み絵” として、『新しい歴史教科書』、『新しい公民教科書』を、利用したのである。


同じことはやはり今年(平成13年)の夏に騒動になった、小泉純一郎首相の靖国神社参拝問題にも見ることができる。


小泉首相は4月の自民党総裁選挙の時に、「首相に就任したら、8月15日に如何なる批判があろうとも、必ず、靖国神社に参拝する」と公言し、7月の参議院選挙の際にもそれを「公約」とした。しかし、周知のように8月15日の参拝は実現せず、二日前の13日に 「前のめり参拝」することとなった。


「前のめり」の背景には、やはり中韓両国、とくに中国からの「内政干渉」があったことが知られている。しかも、この「内政干渉」を排することなく、逆にその尻馬に乗って、小泉首相の8月15日参拝を阻止すべく動いた「日奸」の存在が知られている。


政治家では田中眞紀子外相が、7月にハノイで行われた日中外相会議で、中国の唐家璇外相から、「(靖国神社参拝は) やめなさい」 と “厳命 (言明) ” されたのに対して、講義や反論をすることもなく、逆に首相に参拝を止めるよう説得すると解釈している。


8月になると、わざわざ時期を狙ったかのように、自民党の野中広務氏と古賀誠氏、そして公明党の大田昭宏氏が訪中し、中国側の言い分のみを聞いて、 帰国後は 15日参拝回避に向けて根回しをしている。古賀氏は、『日本遺族会』 副会長にして、『靖国神社崇敬奉賛会』 の役員を務める人物である。


公明党の冬柴鐵三幹事長は、政権離党をちらつかせながら、15日参拝断念を迫っている。自民党の山崎拓幹事長も訪中し、帰国後、外務省チャイナスクール出身の加藤紘一氏とともに、首相官邸に乗り込んで、「参拝が大きな外交問題になるのは好ましくない」と、15日以前に参拝するよう迫っている。


本来なら首相をサポートすべき与党(註:当時)、とりわけ自民党と公明党の有力者たちが、こぞって15日参拝に反対し、外務省も、槇田邦彦アジア大洋州局長(当時)に代表されるチャイナスクールの外務官僚が、15日参拝回避に動いた。


押し寄せる荒波の防波堤の役割を果たすべき首相の女房役・福田康夫官房長官も、逆にその波頭に乗るような格好で、首相の翻意を促すよう裏で動いた。財界首脳も、中国との関係が悪化することを恐れて、挙げて15日参拝を阻止すべく首相官邸に日参している。


このように主な事実を摘記してみただけでも、これらの人々は一体どこの国の利益に奉仕しているのか、と言いたくなってくる。これらの「日奸」は、中国・韓国との「関係の悪化」をひたすら恐れている。


しかし、この中韓両国との「関係」の実内容は、一体どのようなものであったろうか。首相の靖国神社参拝で言えば、中国・韓国との “友好・親善” の「関係」は、首相が、如何なる形であれ靖国神社に参拝できない、ということで保たれているにすぎないものであった。


両国は、昭和60年(1989年)8月15日の中曽根康弘首相の「公式」参拝にクレームを付けて、翌年以降の参拝を阻止し、次いで平成8年(1996年)7月の橋本竜太郎首相「誕生日」参拝にもクレームを付けて、その後の首相の如何なる形での参拝をも阻止した。


この二度の「外交的勝利」に味をしめ、両国は、靖国神社参拝問題を明らかに「外交カード」として利用している。我が国と、両国との、“友好・親善” 関係は、「二度と首相は靖国神社に参拝しません」という約束の下に成り立っているのである。


加えて小泉首相は、8月15日の参拝を断念して13日に参拝した後、談話として、「先の大戦で、日本はわが国民を含む世界の多くの人々に対して、おおきな惨禍をもたらした。とりわけアジア近隣諸国に対しては、過去の一時期、誤った国策に基づく植民地支配と侵略を行い、計り知れぬ惨害と苦痛を強いた」と述べざるを得なかった。


つい先ほど頭を垂れたばかりの靖国神社の英霊を、アジア近隣諸国に「植民地支配と侵略を行い、計り知れぬ惨害と苦痛を強いた」当事者であると、名指ししたのである。中韓両国の反発緩和の談話とは言え、実に惨(むご)い内容である。


さらに15日の『全国戦没者追悼式』 でも、「先の大戦において、わが国は、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。 国民を代表して、ここにあらためて深い反省の意を表するとともに、犠牲となられた方々に謹んで哀悼の念を捧げます」と述べざるを得なかった。


平成7年(1995年)8月の村山富市首相談話の、「わが国は、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」との表現を踏襲したものとは言え、戦後、初めて首相が戦没者の遺族を前に、「わが国は」と “加害” の主役を明らかにし、居並ぶ遺族に、あなたの父や息子、兄、弟、伯叔父、甥、祖父は、「アジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた」 当事者だ、と明言したことは、これまた相当、惨い話である。


ハラワタが煮えくりかえるというのは、これだな!! [ちっ(怒った顔)]

そう思いながら、パソコンのキーが壊れるかというくらいに叩きながら転載しました。ワッー!! [もうやだ~(悲しい顔)]

まさか、終戦記念日の『全国戦没者追悼式』で、そんな式辞が詠まれていたとは夢にも思わなかった・・・


蛇足ながら、『村山談話』では、従って日本はアジア諸国に対して有償(催促なし) ・無償、合わせて総額 〇兆円の経済援助をしてきている、というものが入ったと思うのですが、それは踏襲されていないのでしょうか? アンパンが50円だった時代からの金額ですから、今に換算すれば、2桁兆円 になっていると思いますが。


文明の衝突
日本は東アジアの一員じゃない目次
(http://natsunokoibito.blog.fc2.com/blog-entry-97.html )

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