◆ 敗戦真相記 (11) 日本の将来はどうなるか (1) 


筝曲 春の海 (1929 年-昭和 4 年録音)
作曲: 宮城道雄
編曲: ルネ・シュメー
筝  : 宮城道雄
ヴァイオリン: ルネ・シュメー



永野護著敗戦真相記
2002年7月15日発刊


日本人の将来はどうなるか (1)


まず政治の問題ですが、将来の政治形態を考えるときに原則的に気がつくことは、『ポツダム宣言』が繰り返し繰り返し日本に民主主義的政治が行われるべきことを要求していることであります。同宣言第 12条において「日本国国民の自由に表明せる意思に従い、平和的傾向を有し、かつ責任ある政府が樹立せらるるにおいては、連合国の占領軍はただちに日本国より撤収しらるべし」 と規定してある。すなわち、民主主義的な政治運用が確立されない限り、連合軍は撤収せず、従って日本の主権は回復されないのですから、我々は、一日も速やかに、この目標に向かって突進するの一途あるのみです。


それにはこれまで日本の民主主義的勢力を圧迫してきた軍閥・官僚のうち、軍閥はすでに解体してしまったから当分問題を起こさないでしょうが、軍閥以上に深く根を下している官僚閥は、今後も潜行的にその勢力の維持をはかるに相違ありませんから、この際、国民は責任糾弾の手をゆるめず、徹底的に、官吏の特権的色彩を払拭する必要があります。元来、日本の官僚独善というものは、士農工商の封建的観念に淵源している。あたかも昔の侍が百姓町人を遇するような態度で国民に接し、いわゆる、よらしむべし、知らしむべからずの原則を堅持し、あたかも官吏のために国民が生きているような極めて不親切、不合理のことが、当り前のような形で長い間行われていたと言わなければならない。いわゆる、陛下の官吏という名前でそれが行われてきたのです。これは、どうしても、国民の公僕という概念に置き代えねばならない。これが官吏改革の根本理念です。


日本の官吏は、このように人民に対して、陛下の官吏として独善的にのぞむ癖に、肝腎の行政能力というものが、極めて貧弱です。今度、アメリカの進駐軍が入って来て、日本の官庁と交渉して最も驚いたことは、日本の官吏が上になるほど物を知らない、アメリカでは上役ということは、それだけ下役よりも担任の仕事に通暁していた証拠で、ある局に行って、一番物を知っている人といえば局長だということが当然の常識なのですが、我が国の官庁においては、まさにその正反対である。日本の局長はほとんど何も知らない。課長はぼんやり知っている。事務官はあらかた知っているけれども、細かいことは属僚に聞かなければわからないという状態で、地位が上になるほど勉強してない。大臣に至っては、むしろ仕事を知らざるをもって得意とするがごとき現象すらある。これには、さすがの進駐軍も唖然としたらしい。それで最初のうちは、アメリカ式に上級の役人をつかまえて質問するのだが、具体的な答弁が得られないので、この頃はいきなり、下級の専門属僚を呼び出している状態だと聞いています。すなわちアメリカの一番上の役人と日本の一番下の役人とが話し合うということになるが、これは決して日本の官吏に名誉なことではない。


しかし何人にも才能はあるものでして、日本の官吏にも非常に優れた才能が 1 つある。それは何かというと責任回避術である。この術に対しては実に驚くべき才能を発揮している。引例はあまりに無数で挙げるにたえない。要するに、従来の如何なる悪政に対しても、官吏が一人だに責任をとったためしがなかったという事実を想起してみれば、何人にもすぐわかることです。(\(^o^)/)


極めて通俗的なことでは例の木造船計画というものがある。あの木造船計画の無謀なことは、専門家にははじめからわかっていた。第一ああいう乱暴な船体の構造では危なくて乗り手がない。それをわずかばかりの資材の倹約を口実に海務院案というものを押し通した。また、仮に船体ができてもエンジンの手当てをすこしも考えておらない。また、エンジンができたとしても油がない。油ができたとしても、乗組員が人手不足で、どこから探してくるか、その上に 100トン、200トンの木造船を無数に急造したところで、その荷役をする港湾設備をどうするか。木造船計画を立てる以上は、こういうすべての問題を立体的に、並行的に解決していかなければならない。


その上、物には順序というものがあって、港湾、乗組員、油、エンジン、船体の 5つの条件のうちで、乗組員と油は、まあ別問題としても、港湾工事に一番時日がかかるのです。その次にはエンジン製造で、船体は最も短日月でできあがる。そして、たとえ船体ができても、つなぐ港湾がなければ、腐ってしまうぐらいのものだから、これは一番後から着手していい。ところが、お役人は、一番後廻しにしていい船体を真っ先に計画して、しかも、他の条件はすこしも考慮しない。その状、あたかも船体さえできれば、摩訶不思議のように、他の条件も揃うものと思い込んでいる。そこで民間の関係者はいっせいにこの非科学的な計画を攻撃したのですが、とうとう官僚側が押し切って、やたらに新聞に宣伝させ、全国津々浦々に木造船会社をこしらえたが、いったい現状はどうなっているか。ほとんど一艘も残らずといっていいぐらい、できあがった船体は、ぼんやり港や浜に繋いであって、いたずらに子供の飛び込み台になっているのが精々で、どのぐらい、この乏しい日本のもったいない資材と労力とを浪費したか、わからない。けれども、この木造船の失敗によって、何人が責任をとったか、寡聞にして私は聞いたことがない。恐らく当時の官吏はそれぞれ在任中、木造船計画をたてたという功績でもって、とうの昔、どこかに栄転していることと思います。


このように、木造船計画という一つの仕事の中にも今までの日本の官吏の姿というものが、赤裸々に現われている。官吏はまさに敗戦責任者の最も大きなグループだというべきである。だがもともと、素質からいうならば、日本の官吏は、国民の優秀分子に属する者が多いので、それが官僚機構という特権的な城の中に長い間勤めているうちに、いつの間にか勉強家が勉強しなくなり、責任回避だけうまくなり、人民の都合ということは第二次的に考えるような人種になってしまったのですから、今後の政府当局は、官吏の特権的機構に大斧鉞(ふえつ)(大鉈=おおなた)を加えなければならない。


それには、
第 1 に、文官任用令と文官試験制度というものを根本的に改正して、官民の人事交流を自由にすること、
第 2 に、その仕事に対して徹底的に責任をとらしむるような構想をめぐらすべきこと、
第 3 に、官吏の異動が国民の利益を無視して、ただ本人の出世の方便として行われ、そのために専門管理を養成することができず、いたずらに事務を渋滞せしめ、属僚行政に随さざるを得なかった弊風を一掃すること。
第 4 に、ある種の官吏の公選、例えば知事公選のごときは一日も速やかに実行すべきこと
などが挙げられると思います。




かくして軍閥・官僚から解放された後の日本の政治は結局、議会中心です。議会中心の政治を行うためには必ず確固たる基礎と明白なる主張を有する政党の出現を必要とします。近年の日本議会は、まったく軍閥・官僚の走狗と化し、独自の主義主張のごときはまったく忘れ去った観を呈していたのですが、今後の政党の生命は、日本を如何に再建するかという具体的な主義・政綱にかかっているわけです。しかして、この具体的な主義・政綱というものを詮じ詰めますと、 一つは、資本主義を肯定するか、否定するか、という、私有財産制度の問題、もう一つは、天皇制を肯定するか、否認するか、という、立憲君主政体の問題、この 2 つの基本的命題をめぐって本質的に政党の分野が生じ、この両問題に命を賭けて争うというような現象が起こってくるものと、私は観測しています。


しかし、最終的にすべてを決するのは、国民の政治常識ですから、国民自体に今までのような、「泣く児と地頭には勝てない」、「長いものに捲かれろ」式の、封建的思想が染み込んでいたのでは、議会政治は軌道に乗らない。これを急に解放すると自由と無責任とを混同するような現象が起こりがちです。ここに民主主義的再教育の必要が痛感されます。


いったい、この日本精神の近代化明治維新において行われるべくして行われなかったものです。それが敗戦の結果として、敵から突きつけられたポツダム宣言によってもたらされることになったということは、ある意味においては軍事的敗北よりも、大きな文化的敗北であり、この文化的敗北が、むしろ軍事的敗北の根本をなしているというべきです。明治維新以来 80年の今日、やっと議会政治の運用をアメリカによって手をとって教えられるという今日の状態は、世界の敗北の歴史にもその例を見出し得ないほどの国民的屈辱です。しかし、いまさらそんなことを言っても仕方がない。我々は、一生懸命勉強して、この敗戦の弔鐘を、日本再建の暁鐘と転化する以外に、今後の活路はないことを深く知るべきであります。




次に経済面です。将来、日本の経済界がポツダム宣言の線に沿って、どういう風な推移をたどるであろうかということを考えるときに、まず目先の問題と永久的な問題とに分けなければならない。日本の目先の問題はいうまでもなく、食糧問題であって、これは今日、一農林省の問題でなく内閣全体が農林省になって解決しなければならない問題です。極端なことをいえば、運輸省は、米だけ運ぶものにしなければならない。 陸海軍は復員を急ぐだろうが、米を運ぶために心を鬼にして、内地に帰る者はストップして、船腹を米のほうに廻してもらわなければならない。このままでいけば1 千万人の日本人が来年昭和21年4、5月頃餓死してしまうという計算が出ている以上は、食糧をつくることに官民の全精力を集中しなければ、どんな立派な日本再建政策を考えても、駄目なことです。


が、この問題は結論的にいえば、どうしてもアメリカの援助を得て、外米を入れる以外にないということに落ちつくと思いますが、それまでにまず日本国民自体がなすべきすべてを尽くして、全世界を納得せしめなければならない。このベストをつくさず、耕作を怠ったり、供出を拒んだり、不合理な配給を続けたりしていれば、いかに多くの餓死者を出そうとも、それは自業自得として、アメリカは高みの見物をしているに違いない。しかし、我々が全力を尽くして、なおかつ、どうしてもこれだけ足りないのだということがわかれば、ポツダム宣言の精神からいっても、アメリカは傍観しているわけはないと確信しています。


さて、この目先の食糧問題の解決がついたとして、その後の日本の産業状態はどう変化するか。基本的に日本の土地では、日本の人口 7,800万人を養うことができないという制約があるのですから、これは前にもちょっと書きました通り、余剰人口約 2,800万人の労力を商品の形にして輸出して、その代償として食糧を輸入する以外にないのです。


しからば、どういう商品の形で労力を輸出すべきかというと、なるべく少ない材料で労力をたくさん食う産業でなければならない。例えば、鉄 1 トンを原料に持ったとする。これをパイプにつくったり、あるいは旋盤にこしらえたりすると、1 トンにかける工賃はいくらでもない。ところが、これを時計のごとき精巧細密な小機械にすれば、何千倍の労銀がとれる。同じく絹を輸出するのでも、繭のままで輸出したのでは農家の手間賃だけになる。これを生糸にすれば女工の手間賃、すなわち女工の食糧が得られる。これを織物にすると織物会社の全従業員の労力が輸出できる。さらに捺染し、またハンドバッグなどに手をかけて細工をすればするほど、同じ分量をの原料を使って、大勢の労力が輸出され、代わって、それだけの食糧が輸入されるのですから、今後の日本産業再建の方向はとりあえず、こういう方向に進むべきだと思われます。


そうするにしても大東亜戦争中に日本の機械設備はほとんど命数がつき、原料も使い尽しているのですから、少なくとも「向かい水」の役をする第一回の原料と最初の設備だけはクレジット(信用供与)によらなければ、その運転を開始すことは不可能です。もちろん、その必要量は最小限度のものでなくてはならず、クレジットの期間も極めて限定しなければならなが、第一回のクレジットだけはぜひともアメリカの諒解を得るよう、格段の努力を政府に望まざるを得ません。もし、このクレジットの交渉がどうしても成立しない場合には、やむを得ないから、最小限度の要求として連合国の原料に対する加工事業を引き受けることにして、日本の失業問題と、食糧問題とを、解決すべきだと考えます。



永野護著『敗戦真相記』
―目 次―

(natsunokoibito.blog.fc2.com/blog-entry-3030.html )


[ー(長音記号1)][ー(長音記号1)][ー(長音記号1)][喫茶店]
ちょっとおしゃべり

官僚について書かれた部分は、かなり楽しいものでしたね (笑)

それにしても日本民族の官僚的性質というものは、その後も全く変わっていませんね。特に官僚ではなく、一般の会社や何かでも、上になればなるほど物を知らない (笑)

「オガ虫、カメ虫を笑う」とかいうことわざがあります。どっちの虫も強烈に臭い。それなのに、オガ虫がカメ虫に「オメエってスッゲー臭せえ!!」とか言って笑ってる。

日本民族の官僚批判も、このオガ虫カメ虫のような気が、私はするんですけど (笑)
とどのつまり、官僚批判の筆頭の(民主党)現政権が、とてつもなく官僚的じゃありませんか(爆w)

笑っていられないものとして、敗戦直後の日本の姿というものは、一時期、TV などで盛んに騒がれた北朝鮮の貧民層のような状態だったのです。餓死ですよ、餓死。餓死が予測されていたのです。

私は折に触れて言ってるのですが、戦争中の苦労話は多い。でも、その戦争は、どうして起こったのか、そして戦争が終わった後、日本は戦争前と比べて何が違ったのか、といった、戦争の前後を語る人は少ない。

私の父の話によると、小学校の時の先生が、こんな風に教えたそうです。

「鎖国を解いて世界を見たら、みんなが中国あたりでウマイ汁を吸ってる。こうしちゃいられねえってんで、日本も、おっとり刀で駆け付けた」 。

それが日清・日露・日支・東亜といった地域的な紛争 (事変)、そして第 1 次、第 2 次世界大戦という世界的な戦争の真実でしょうね。決して、日本だけが中国や韓半島に侵略して行ったわけではない。

どうも近年の若者は、中国の共産党政権や、一時期の韓国の政権が、本来ならば共産主義では否定される「
愛国心」というものを国民に植え付ける手段として、日本を特定の悪者にして、「日本は我々にこんな残虐なことをした。我々は団結して、二度と日本にあんなマネをさせないようにしなければ」とか何とかね(笑)

そういった「捏造歴史教科書」を使っているのですが、それを日本の、そうですねえ、1975年以降に生まれた人たちあたりですね、その若者たちが、真実だと信じ込んでるフシがある。まあ、そもそも日教組が共産系というのでしょうか? で、正しい共産主義からはズレてますから (笑)

しかも高度経済成長に伴って労組の存在意義がなくなり、社会党が崩壊したあとは、その残党で闘争好きなヤツらとかかが戦後の共産党まがいの動きをしていますから、むしろ志位さんの方がマトモなことを言ってることが、多々あるようになりました (苦笑)

そうそう、そのヤツらの中から、社会主義的労組ではなく、共産主義的労組を組織しようとするヤカラが出てきていますね。

失業者とか派遣だとかといった社会現象は、日本の政府や企業だけの責任じゃない。
江崎玲於奈博士の本の中に出てきたように、世界的な現象なのです。それは何が原因なのか。文明国の高度経済成長に伴って、人件費が異常に上がったからですw

>「自由」 と 「無責任」 を混同するような現象が起こりがちです。

この言葉は予言になりましたねぇ・・・

忘れていましたが、子供の頃、母が、「マッカーサーは 『今に日本人を骨抜きにしてやる』 と言った」といったウワサ話をしていたことがありました。

GHQ の中の民政局にいた共産主義者が主導した、民主主義と見せかけた共産主義。
「自己を持たせない」。
「自己が無いから自己責任を伴わない自由奔放」。
それはタダの野放し。

野生の動物だって自己責任で生きているのに・・・



筝曲 春の海 (1929 年-昭和 4 年録音)
作曲: 宮城道雄
編曲: ルネ・シュメー
筝  : 宮城道雄
ヴァイオリン: ルネ・シュメー


この章のタイトルからいって、日本の音楽を入れたかったのですが、ミクちゃんとかリンちゃんとかが大活躍だったり、なにやら、ふた昔前の絵ハガキみたいな定番の色の濃い写真だったりで(笑)なかなかこれといったものがありません。

ま、お正月が近いですから(笑)この曲を。

といっても、普通はお琴と尺八の調べが流れていますが、実は原曲は、お琴とヴァイオリンだったのですねえ、ビックリしました。




この記事は2009年12月11日保存の再投稿です。
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